本文へジャンプ

寺岡山元三大師

ここで元三大師についてご説明申し上げます。

元三大師は名を良源、諡号を慈恵大師という。正月三日に亡くなられたから元三大師と呼ぶようになった。これは尊敬の表示であり、信仰の現れである。元三大師は、一千年前に出られた比叡山中興の祖師である。廃頽した諸堂を復興し三千人の僧侶を養い、教学を興隆し制度を改め、勢力を拡張し形式を革めた。日本の仏教はここに基礎をおいて発展した。元三大師の信仰は全日本にわたって一世を風靡した時代があり、民衆は元三大師を権者または化身として信仰の対象とした。今もなお、角大師のお札がいたる所で各宗を通じて正月に用いられているのは、その名残である。

元三大師は「おみくじ」の創始者である。仏教各宗はもとより、神社にまでも行なわれているが、これを知る人は少ない。元三大師を信仰するものは、僧にあってはその寺院は必ず興隆するし、一般にあっては無事であり、息災であり、家運は永続する。信仰が薄れたり、信仰を他に移したときは必ず変化がある。歴史がこれを伝え、事実がこれを証明している。不思議である。元三大師を信仰するものは一攫千金を夢見たり、派手な結果を望んではいけない。地味に平穏と無事を祈り、正しい望みを希うときのみそのご利益がある。元三大師は全く不思議な方である。

(天台座主大僧正 山田恵諦著 元三大師より)

元三大師御尊影

大師は、おみくじの創始者であり、又、厄除大師・降魔大師・角大師・豆大師などともいわれ、今なお、魔除けの護符として民家の門口に貼られます。元三大師を信仰する者は息災であり、家運は永続します。大師は、如意輪観世音の化身といわれ、当山では、関東最大の大石像を安置しております。
(秘仏のため、御前立ち本尊を掲載)

元三大師宮殿

元三大師宮殿には、金十六弁の『菊花御紋章』を打ち奉り目も眩きばかりの御体相なり。開帳は毎年大晦日から7日まで、毎月初三の日をもって縁日とし、正月三日をもって大縁日とす。

亀田庄左衛門則重公画像

亀田庄左衛門則重公は、現足利市寺岡町の出生地である。

また寺岡山施薬院薬師寺に「御真筆元三慈恵大師尊影」をご寄進して頂いた方です。

公寛法親王位牌

崇保院宮前天台座主准三后一品公寛法親王は、東山文化で大変有名な、東山天皇の第三皇子であり、正徳五年五月二十日上野東叡山寛永寺第六世門跡を御受職され、元文三年三月十五日薨 御年四十二歳。当山のご本尊元三大師は公寛法親王直筆の御尊影と云われております。

ページの先頭へ