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薬師堂建立

薬師堂 建立の目的

薬師堂建立の経緯は、来る平成23年をもちまして現35世住職が在職30周年の節目を迎えるに当たり、その記念として何か皆さまの為に後世へと残るものを寺岡山元三大師に残したいと考えたのが始まりで御座います。

当初は本堂の改修、また鐘楼堂の建立や檀信徒会館の建立など様々な意見がありました。その中で最終的に決定されたのが、昭和48年に雨漏りなどによる腐食によって解体されてしまった「幻の薬師堂」を、今一度復活させようということでした。

それを更に後押ししたのは、薬師堂の解体によって慈覚大師円仁御作の薬師如来を祀るお堂が無くなってしまった為、現在は元三大師のお堂に間借りをして祀っている状態なのです。しかし、それでは余りにもご本尊様に失礼ということで、この度は薬師堂を建立するに至った訳であります。

そして、建立にあたってはご信者様1000人の大慈悲心のお力をお借りして、関東一の素晴らしい薬師堂を造ろうと考えています。どうかお志を賜れる方はご協力の程、宜しくお願い申し上げます。

尚、ご寄付につきましては1口を1万円として、平成23年の4月の完成時には大切なご寄付を頂きました全ての方々のお名前を石碑にしっかりと刻み込ませて頂きます。そして皆さまのお名前が未来永劫へと残る様に、当山が責任をもって守って行く所存で御座います。

※5万円以上の方は、落慶式にご招待をさせて頂きます。

薬師堂が完成をした暁には、主に供養道場として活用する予定でおります。またご参拝に来て頂いた皆様が自由に拝観またご休憩などが出来るように常時開放をし、ゆっくりと堂内を見て頂こうとも考えております。

薬師如来について

薬師堂のご本尊様は薬師如来であります。当山は正式名称を寺岡山施薬院薬師寺と申しまして、とても薬師如来と縁の多いお寺で御座います。ご祈願の御本尊が元三大師なのに対して、お寺の御本尊が薬師如来であり、薬師寺の名前の由来ともなった仏様がこの薬師如来です。また寺伝によると、当山で一番古い仏様と云われております。

薬師如来は正式名を薬師瑠璃光如来といい、西方極楽浄土を守るのが阿弥陀如来なのに対して、東方浄瑠璃世界を守っているのが薬師如来です。

また日光菩薩・月光菩薩を脇侍とし、この三体をあわせて「薬師三尊」とも呼ばれます。そして眷属には12神将(しんしょう)という武装仏が薬師如来を御守りしているのです。

薬師如来は古来より現世利益の仏として民衆に信仰され、天台宗の総本山である延暦寺の根本中堂、聖徳宗の総本山である法隆寺の御本尊もまた薬師如来として有名です。

薬師如来の特徴は、右手を施無畏(せむい)印、左手に薬壺(やっこ)を持っているお姿をされています。そして薬指から瑠璃光という光を解き放ち、病に苦しんでいる人々をその光で救って下さると云われています。その為、「仏界のお医者様」とも呼ばれております。

ご利益としては、身体安全、眼病平癒、心身安全など私たちの心体に関わるご利益を授けて下さいます。そしてその他のご利益としては、旅行安全、渡航安全にも大変ご利益あると云われています。それは、「その昔ある僧侶の一団が、船に乗って渡航をしていた所、急に大嵐に見舞われてしまったそうです。そしてほとんどの船が海に沈んでしまったのですが、薬師如来像を奉っていた船だけが難を逃れることが出来た。」という話が残っているからです。その事が伝い伝えられて、今では旅行安全・渡航安全のご利益が頂ける仏様となった訳であります。

如来という仏様は、「来たるが如し」と書くように心から信仰すればするほど、私たちの側へと来て下さり、そして困った時には必ず手を差し伸べて下さいます。苦しい時、困った時にしっかりと救ってもらえる為にも、「困った時だけの神(仏)頼み」にならないように、日頃から少しでも信仰心を持って頂けたらと思っています。

薬師堂 扁額について

 

書: 京都三十三間堂本坊妙法院門跡門主 菅原信海大僧正様

 

扁額とは、お寺や神社などのお堂の入り口上部に掲げられている額のことをいいます。元々は、中国などの宮殿の入り口上部に掲げられていたのですが、その風習がやがて日本へと伝わり日本でも掲げるようになった訳です。

主にそのお堂の名前などが書かれることが多く、○○寺、○○山、○○院という様に横に書かれます。また茶室などにも使われ、○○庵や○○斎と書かれた扁額も良く目に致します。

つまり、扁額とはその建物の表札といえると思います。

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